経営学は、自動化されるのか?人間の経営学者は、不要になるのか?
今回扱う論考は、AIが専門職の仕事を自動化していく時代に、経営学研究者という専門職のタスクがどうなるかを予測した議論です。伝統的な意味での厳密な研究ではありませんが、AIが経営学(のみならず社会科学全般)研究どのような影響を及ぼしていくかを深く検討しています。
Johnson, C. K., Bauer, B. C., & Niederman, F. (Forthcoming). The automation of management and business science. Academy of Management Perspectives.
ポイント:
- AIは、専門的知識を必要とするタスクを自動化しつつあり、その範囲は徐々に広がってきている。
- 経営学研究もその例外ではなく、実際に少しずつAIや自動化ツールが浸透しつつある。今こそ、経営学者自らがメタ的に経営学の未来を構想すべき時である。
- そこで、本研究ではデルファイ法を使って、技術にも知見の深い経営学者68名に意見を募り、のべ合計16名から意見を集めた。経営学者全体の平均的見解を描くことよりも、幅広い先進的な可能性の可視化を重視した。経営学研究プロセスの次の各ステップについて近未来・遠未来の技術的代替性とその示唆を提示した。
- その結果、以下の未来像が浮かび上がった。
1.近未来:
- 文献サーチ・データ収集・データ分析の3つのタスクで、自動化が最も進みつつあり、この傾向が続く。なぜなら、これらが最も判断の必要性が小さいためである。
- 文献サーチ:①今ある文献を把握し、②著者や内容など基本情報を紐づけ、③ギャップのある領域を特定するタスク。ネットワーク分析やトピックモデリングの利用により、包括的に関連文献を抽出し、そこから研究アジェンダやリサーチクエスチョンを抽出することは既に可能になっている(そうした論文も一部公刊されている)。
- データ収集:
- 定量データは既にオンラインで提供される・取得できる範囲が十分に拡大しており、ツールも多い(mTurkやSurveyMonkeyで簡単にデータを取得できる)。但し、論文誌がこうして簡易かつ大量に取得したデータに懐疑的になりつつある点は留意が必要。
- 定性データは、取得が難しそうに見えるが、情報量が拡大している。オンライン上から取得できる文字情報(動画・音声の自動文字化も含む)が増え、またその形式も感情ベクトルや要約の利用も可能となり、多様化している。表情認識や画像認識も含めれば、オンライン・リアル共に利用可能な情報量は飛躍的に増えている。人間の認識を確認したい状況では人間によるインタビュー等が必要だが、センサーやカメラ画像があらゆる場所に設置され、自動的に解析される環境になればそれすら必要なくなる。
- データ分析:
- 非構造化データでは、動画、写真、非言語情報、言語情報、音声などの分析において、AIは既に人間を超える性能を発揮しつつある。特に、マーケティング分野では人間にはできなかった斬新な分析が次々に登場している。
- 量的にも、数百万件のSNSデータを解析するなど、当然とされる水準が変化しつつある。
- 但し、分析をAIが自走させる段階にはなく、現実的にデータやモデルの修正は人間が行う段階にある
- 長期的には、さらにAIによる代替が進むが、人間でなければ不可能なタスクも当面残る。
- リサーチクエスチョンの設定
- 大量のデータを読み込ませデータマイニングさせることで(Centering Resonance Analysis (CRA)など)、まだ研究が不十分な変数間の関係を特定し、大量のリサーチクエスチョンを包括的かつ簡単に作成することができる可能性がある。
- しかし、どの変数や関係性が重要かは一義的に決められず判断が必要となるため、AIが出した候補からどれが「筋が良いか」を最終判断する機能は人間に残る可能性が高い。
- 理論の構築
- AIに変数間の関係のパターンを導出することはできるが、「なぜそうなるのか」の説明を作る機能は今のところ人間にしかない。理論のテスト(実際にデータでそれが当てはまるか)や磨きこみは自動化され得るが、最初に「なぜ」を含む理論を作るところは人間が必要となる可能性が高い
- 変数の操作化
- あるデータがある概念に妥当することを判断する、あるいはある概念からそれに当てはまるデータを定義することは、AIが徐々に自動化し得る。一方で、全く新しい操作や計測手法を考え出すことは、現時点のAIには難しい可能性が高い。
- 研究手法のデザイン
- 文脈と目的にかなった研究手法を選ぶことは、多くの判断要素を伴うため人間に残される可能性が高い。
- 但し、AIが極端に進化した場合は、研究手法を選ぶ必要もなく、可能な全ての研究を自動実行してしまう可能性もある。
- サンプリング戦略
- 対象となるポピュレーションを定義し、サンプルの偏りを評価する作業は自動化できる可能性が高い。しかし、機械に任せた結果多くのサンプルバイアスが放置され、実際には不正確な結果を大量に排出する状況は、AI化の考え得るリスクの一つである。そのため、サンプリング戦略は人の手に残す可能性が高い。
- 一方で、自動的なデータ収集と分析が世界中に網羅的に普及すれば、AIが全ポピュレーションをカバーして分析するので、サンプリング自体が不要になる可能性もある。
- 研究提案書作成
- 研究資金の獲得にはプロポーザルが不可欠だが、その作成は自動化される可能性が高い。
- 但し、研究の倫理的な側面の評価も自動化することは、「倫理」が社会の変化と共に常に変化しているため、難しい。
- さらに、研究の貢献を簡潔かつ意味ある形でまとめることは、「貢献」の意味が簡単に定義できないため最も難しいタスクになり、人間に残される可能性が高い
- パイロットテスト
- 実際のデータ収集・分析の前に試行するパイロットテストは、試行した結果をどう新しい手順に反映するかの創意工夫が大きいため、完全に自動化はされにくい
- 研究報告の作成
- 研究方法など一部の部分は形式がほぼ決まっているため、自動的な論文作成はある程度可能になる可能性が高い。しかし、質の高い論文はライティングの質によって決まる部分が大きく、完全に自動化されることは当面ない見込みが強い。
これらを踏まえて、経営学の未来をあえて予測すると、2つのシナリオが考えられる。
1.悲観シナリオ
- AIがほとんどのタスクを自動化し、従来型の論文誌(人間が審査する)の必要性がなくなり、AIが自動的に生成した論文をデータベースに自動的にストックしていく。そうしたAIを使える少数の研究系データサイエンティストが、リサーチクエスチョンの選択など人間に残された少しのタスクを管理する。
- そもそも、経営や組織がプログラムやロボットによって運営される場面が増えるため、経営学の対象が人間ではなく、機械が主役となる。
- 少数の人間が他の人間には見えない形でAIを管理するため、彼らに影響力の源泉を握られ、経営知識の民主化をどう実現するかが大きな社会課題となる可能性がある。
- さらにAIが進化すれば、人間の介在が全く必要なくなる可能性もある。そうなったとき、「そもそもなぜ経営を研究する必要があるのか?」という、根本的な問いが問題となる。これまでは、人間や経営に知的興味ある人間が、(非合理にも)経営学という営みを続けてきた。しかし、機械がそれを継承する必然性は無い。
2.楽観シナリオ
- 人間とAIが共存する経営学の未来も考え得る。そこでは、2つの可能性がある。
- 第一に、AIがその得意分野で進化し、特に理論の検証などに特化し、これまでおざなりだった検証を高い質で生産性高く行う状況。人間は、理論や概念の構築とAIの管理に特化し、AIに時間のかかるタスクとこれまで出来なかった検証(言いっ放しの評論となりがちだった経営学の問題解決)を任せ、生産性を圧倒的に高める。
- 第二に、AIが万能的に理論構築から検証まで行えるようになったときに、研究プロセス全体をAIに任せ自動生産させつつ、人間の研究者が創造性を最も発揮できる状況。具体的には、研究者が(AIが大量に生産する研究から)重要な研究の評価と抽出を行い、研究成果の実用への適用による現実の改善に集中することである。(家畜を飼って牛乳や卵を取り、人間が質の良いものを選定して自分たちのために活用する形に近い)
- 特に、センサーやデータ取得源があらゆる組織や社会環境に普及したとき、経営学研究は全ての人にとって日常となる。実務家は、Google検索やチャットボットをスマホで毎日使うように、経営を行う中で分からないことがあれば手元の検索システムで経営学の厖大な知見から有用な知識を得る。その知識も、現代の経営学と異なり、AIによって厖大なデータによる検証が済んだ実績付きの有用性を持つものとなっている。
コメント:
非常に重要で、刺激的な論考です。経営学は最近になってようやくAIや自動化を経営組織における重要なトピックもしくは理論化の対象として扱うようになってきました。そこでは、「自分たち研究者は関係なく、観察している対象で何か変化が起きた」という認識がこれまでの常識でした。しかし、少しずつですが研究にAIを使った論文が査読を通るようになっているため、実は観察対象だけでなく自分たちも、運転が自動化されるように研究も自動化の対象になっていることに否応なく気付き始める。そのようなステージにある中、アメリカ経営学会が出すジャーナル論文として今後の重要な議論のスタートとなる気がします。
内容について言えば、まずデルファイ法の割に、聞いている人数が少なく内容の妥当性や厳密性には相当疑問が残ります。ただ、末尾に書かれているように、議論を巻き起こすことが目的だったということなので、そこは意図的に面白そうな話を少数の意見から作ってみた、という所かと思います。
そして、個々のタスクの見解についても少し違うのではないかと思うところは多いのですが、ここで言われているように、AIによる代替は全体に起こるのでなく、徐々に起こる点は妥当な見方と思います。タスクチェーンの適用可能な範囲から、またいきなり全自動化だけでなく、難しいタスクは候補提示や判断補助から始まる、など。
また元の論文の末尾で書かれているように、分野によって代替の程度や速度が異なる点も重要です。マーケティングや戦略論などポジティビステックで実用試行の分野はどんどん浸透が進んでいるようですが、定性研究を重視する社会構成主義的な組織論などは、どうなるのか。構成主義の場合、「人間がこのような世界の存在を認識した、ということを研究者という人間が認識した」という構図での社会(という認知的構成物)の可能性を議論しているので、AIが結論を出す時点で意味が全く無い、という見方もあり得ます。実際に、そういうジャーナルのAI論は、「AIという新しい脅威や機会の可能性をもたらす要素が登場して、人間がどういう社会的構成(ある意味での妄想)をするか」に関心が行っているようにも感じます。そうした研究に実用的価値はほとんど無いのですが、別の価値基準で、研究という伝統芸能を継続している感じでしょうか。
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