SMSのAnnual meetingでは、実務家を交えたパネルディスカッションのセッションが2つほどありました。それを聞いていて、気付いたことが一つ。研究者と実務家、それぞれの違いです。 実務家としては、2つのセッションとも著名なコンサルティング会社の出身者が登壇して、AIがもたらすビジネスの変化について意見を出していました。様々な切り口に質問や話題がどんどん動く中、「それはそうだろうな」という適切な意見を絶やさず出し続ける、知的で柔軟な話術が印象的でした。 一方で、内容面では印象に残る点や新しい発見が無かったように思います。発言がどれも卒なく隙がない(批判したり突っ込んだりしにくい)のですが、同時にリスクを取った大胆さや個人的な思い入れもなく、平坦に聞こえるというか。また守秘義務もあるでしょうから、具体的なクライアント事例の話も出来ない。そうするとAIの話題だと特に、どこかで聞いた話を整然とつないでいる感じになるなと思いました。 なぜだろうかと考えると、やはり学会という文脈の影響も大きいと想像します。特定の企業クライアントの経営幹部が聞き手であれば、彼らにとって耳が痛い具体的な課題とその解決の方向性を散りばめる。あるいは多くの企業が聞き手であれば、彼らの問題意識を刺激するような共通課題や処方箋の切り口を提示して刺激する。目的は営業なわけですから、ゴールに至る「言っておくべきこと」も明確になります。 一方で、聞き手が研究者(客ではなく予算も無い)だと、条件が全く違います。普通のビジネスパーソンに刺さるような現実のビジネス課題を提示しても、率直なところ研究者は全然違う世界に生きているので、全く危機意識も刺激されません。そもそも研究者の相手をしてもコンサルタント等にとって直接には一文にもなりません。そうすると、実務家側も、整理された一般論を述べて失敗リスクなく講演し、「一流学会でも講演を求められるエキスパートである」というブランディングに活用するのが目的になる、という感じでしょうか。 これが逆に研究者がする講演だと、本人が手がけた具体的な研究(あるいは自分の専門領域の最近の動向など)を土台にした話が中心になることが多いと思います。それはそれで、視野が狭い話になったり、現実的な示唆がない話になることが多いと思います。しかし研究者としては、そういう狭くて深い話から、自分の研...
人工知能などの革新的技術が、経営学をどう変えるかを考えるブログ。 組織論や戦略論はどう変化しているか? 研究手法にAIはどこまで浸透するか? など。