法律や会計など、専門的知識に基づくサービスにも、デジタル技術の影響は広がっています。今回扱うのは、そのような専門的サービスの世界で、どうイノベーションを実現するかという論文です。
Dodgson, M., Ash, S., Andrews, J., & Phillips, N. (Forthcoming). Managing Technology-Enabled Innovation in a Professional Services Firm: A Cooperative Case Study. Academy of Management Discoveries.
要するにこの論文は:
AIなど技術を導入したイノベーションを、総合プロフェッショナルサービスファーム(PwC)がどう実現したかについての実証研究。
ポイント:
- イノベーションの研究は製造業を中心としており、サービス業、特に専門サービスについての研究は非常に限られている。
- 本研究は、監査法人やコンサルティングなど幅広い専門サービスを提供する国際的プロフェッショナルサービスファーム(PSF)であるPwC(イギリス)が、AIなど技術を導入したイノベーションをどう実現したか、3年間の過程を、当事者も研究者と共に研究に参加する形で探索した。
- 結果として、以下が明らかになった:
- PSFの技術導入イノベーションは、新技術導入に対する必要性(ファーム内部での効率性向上ニーズ、クライアントの競争優位向上支援のニーズ)を契機として始まる
- しかし、PSFには固有の障害(パートナーが自律的である組織構造、ファームとしての全体戦略よりも個々のクライアント中心、規制産業としてのイノベーションスキルの不足)がある
- そのため、PSFの技術導入イノベーションは特有の形を取る。具体的には:
- シニアリーダー層の強いコミットメントが重要となる
- 具体的な成果物は、現場と協働しながら創発的に作られていく
- イノベーション自体が浸透していないため変化の触媒となるような仕掛けが必要となる(人材育成など)
- さらに、これを支援するために。実験的なスペース(試行錯誤を許す環境、物理的なコラボレーションスペースを含む)と知識面のスペース(学びの共有と反芻)の二つが発達する
- これらが効果的に機能することで、イノベーションは成果を生む
- 合わせて、プラクティショナーと研究者が一研究チームを組んで、実務活動を推進しながら一緒に議論し論文も共著する本研究のような形式は、PSFのようなデータの取りにくい環境での研究に有効に機能する
コメント:
2021年に先行公開された、珍しいトピックの研究論文です。AIだけでなく広義のデータ分析やブロックチェーンも含めてですが、デジタル改革の実践プロセスを検討しています。長所として、あまり取り上げられにくかった(情報が開示されにくい)PSFというセクターについて、一定の詳細を描いた点があると思います。さらに個性的なのが、実務家と共著し、通常の研究のように内容について誤りが無いか一応確認してもらうだけでなく、積極的に論文執筆にも参加して内容の発展にも貢献してもらった点です。この論文誌は経営学の革新的な実験を狙ったものなので、その面で評価されて掲載に至った側面もあるかと思います。
また特徴として、PSFには複数のサービスライン(監査やコンサルティングなど)がありますが、それらを横断して統括するファーム全体のマネジメント視点であります。このようなハイレベルでのマネジメントが重要なのは、いわゆる4大監査法人グループ以外はあまりないと思われ、その点で希少な当事者の話が反映されていると思います。逆に言うと、解像度はやや粗く、イノベーションを個々のサービスラインで直接やっている人たちに対して、その上(横)の立場から間接的にどういう支援が出来るか、という観点になっている感じです。そのため、具体的にどうやってコンサルティングや監査のサービスがイノベーションされ、どういう成果物が生まれるのかは、軽い記載に留まっていると思います。
また論文でも触れていますが、当事者である実務家と一緒に論文を書くというスタイルは、賛否両論があります。具体的な現場の感覚やニュアンス・情報を積極的に取り入れられるメリットはある一方、利害を伴う主観が入りますし、無意識にでも特定の方向性(世間にアピールしたいイメージ)を主張するマーケティングになりかねない点もあるでしょう。個人的には、こういうアプローチも良いけれど通常の学術論文とは別物と思います。どちらかというと、そういうスタイルの専門誌(ウェブメディア)を作ってしまい、現場の現象を鮮度の高い時点で、ある程度客観的かつ経営学の視点を取り入れて分析するものがどんどん生まれてくると良いと感じます。
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