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「雇用の未来」の今後

雇用代替の議論は、生成AIの登場を経てさらに継続していくと思われます。今後の研究の方向を考える上で、指導的なトップジャーナルで掲載されたエッセイは参考になります。そこで、ここではそうしたエッセイの一つを取り上げます。 Hunt, W., Sarkar, S., & Warhurst, C. (2022) Measuring the impact of AI on jobs at the organization level: Lessons from a survey of UK business leaders. Research Policy, 51.  要するにこの論文は : AIが雇用と仕事にもたらす影響について、研究のあるべき方向性を論じたエッセイ。 ポイント : デジタル技術は、雇用を代替し仕事の未来のあり方を変えてしまうと議論されてきた。そのような劇的変化は実現しなかったが、AIの登場で状況は一変し、雇用代替が一気に進むのではないかとする議論が活発化している。 これに関連して、AIが雇用を代替するポテンシャルを推計する二種類の研究が登場してきた。 まず、マクロレベルで経済モデリングを使って推計を行う、Frey & Osborneとそれに続く研究である。この系譜では、AIによるさまざまな職業の代替可能性が、AI専門家の評価やアルゴリズムによる分析を通じて推計された。しかし、そこにはいくつかの問題がある。 第一に、推計モデルの判断根拠がAI専門家等による主観的な評価となっている。このような評価は、バイアスがかかる可能性がある。 第二に、モデリングは技術的性能を重視し、技術がどのように使われるかを決める、技術に関わる社会的な要因を軽視している。ある技術に性能があるからといって、採用されるかどうかは別の問題である。 第三に、このような推計方法は、多くの自動化可能なタスクが既に既存の技術で自動化されているか、またはよりコストの安い海外にオフショアリングされていることを無視している。 第四に、これらの研究の多くは、雇用代替ばかりを計測し、AIによる雇用創造効果を無視している。 さらに、より少数ではあるがもう一つの研究系譜として、組織レベルで関連データを用いて推計を行うものがある。ここでは、各企業の技術関連の投資などが関連指標として分析される...

経営学でのAIブームの動向

アメリカ経営学会に行って感じた雑感です。AI関連の研究セッションのトレンドについて、この5-6年観察していますが、また段階が変化してきているように感じます。 当初(2017-19年頃)は、AIを研究することで新しい研究が広がる!という呼びかけが主体でした。まだ論文が出ておらず、主要誌もそのようなトピックを取り上げない状況。前例がないので、どう発信していくかを多くが様子見していました。セッション数は割と多かったのですが、誰も論文を持っていないので、抽象的な興味を話し合うようなPDWが多かったと思います。 やがて、2019年頃からエスノグラフィーを中心として学会で事例報告を含むPDWや論文報告がポツポツ出てくるようになります。それらは20年代にトップジャーナルなどにも掲載されるようになります。大御所が参加しているものもありますが、どちらかというとそうした大御所の弟子の若手(主にアメリカのトップ校PhD)が、出世作としてそうした論文を出していった印象があります。この頃には、ある程度事例が蓄積していくつかの知見が「常識」化するようになります。そこで、研究としてはそれらを統合した理論的示唆が求められるようになります。 2023年時点では、そうしてトップジャーナルに出た何人かがAI系の「著名若手研究者」となり、集まってPDWをやったりしていました。理論的論文も各分野で出始めていて、まだ体系的な理論という感じではありませんが、有力者の顔ぶれと研究すべき課題の方向性はだいぶ整理されてきています。逆に言うと、当初の何でもありなカオス感覚は薄れ、少しこの分野も制度化が始まった感じです。一方で、ChatGPTなどLLMの登場で状況が大きく変化している(しかしLLMの経営学研究はまだ無い)ため、現在は踊り場にあるのかも知れません。 今後の変化として考えられるのは、3点。 第一に、LLMの事例研究がすぐ出てくると思われます。そしてそれが、これまで数年で少し蓄積された非LLMを前提とした経営学の理論的試行を無力化する可能性もあります。 第二に、そうなると、今後も続く技術革新に対して、いちいち過剰反応して新しい理論体系を主張していくわけにはいかないだろう、という冷めた反応が出てくるかも知れません。今回のAIブーム当初も、もともとトップジャーナルは批判的で遅い反応だったわけです。それに対して「今回...

アメリカ経営学会の最新動向と雑感

 8月4日から8日まで開催される、アメリカ経営学会の年次大会(Academy of Management Annual Meeting @Boston)に来ています。コロナ後としては初めて開催される完全対面型(昨年はハイブリッド)で、参加者も多く盛り上がっています。会場がちょうどコロナ直前の2019年に同会が開催されたボストンということもあり、コロナ前に時間が戻ったような感覚です。 AIについては、ちょうど4-5年前からこの学会でもそれを扱うセッションが登場してきていました。当時と比較して、こうした研究が成熟してフェーズが変化していることを実感します。具体的には、三点ほど変化を感じます。 第一に、これまでに公刊された論文数がどんどん増えてきています。5年前は「これからはこんな研究を出していくべきだ/出てくる可能性があり有望だ」だったのが、「これまでにこういう論文が出ていて…」に話のトーンが変化。結果として、ある程度実証研究があることを前提に、それをどう理論的にまとめていけるか、に議論が移っている印象が強いです。学会期間の前半に行われるPDW(Professional development workshop)でも、そうした理論化の試みとして、様々な理論系譜からAIを包含する理論的統合への可能性が提唱されていた印象です。 第二に、そうした研究を広く貫くテーマとして、「Future of Work」が市民権を得ている感をあらたにしました。もちろん、すべてのセッションや研究者がその名前を使っているわけではありません。しかし、そういうネーミングをすることで注目を集めやすく、また研究者側もそうした大きなテーマの下で方向性を作っていこうとする意志を感じます。このテーマの下には、AIだけでなく他の技術(特にブロックチェーン)、多様性と包摂性、持続可能性、あるいはコロナで増加したリモート勤務など、雑多な要素がなんとなく混じっており、定義が一定していません。ただ、ある方向性についてムーブメントを作って学術研究で発信し常識を変えていくことに貢献する、という意味があるようです。 第三に、さまざまな研究者の話を聞く中で、理論とトピック知識の役割を考えさせられました。自分もAIの事例研究をする中で、理論的貢献はもちろん主張しています。しかし、大きな目で見るとそれは後付けで、現象自体を...

可視性のマネジメント

あらゆるものがデータ化され、それを解析して最適化されることが当たり前になる。こうした世界では、「組織」という古くからの概念がどう新しく解釈されるのか。ここでは、少し以前に取り上げたズボフの監視資本主義をめぐる議論から、理論的な論考を取り上げます。 Flyverbom, M. (2022) Overlit: Digital architectures of visibility. Organization Theory, 3.  要するにこの論文は : ショシャナ・ズボフの「監視資本主義」に関連して、デジタル技術の浸透で組織内の活動の可視性が高まることの理論的示唆を論じたエッセイ。 ポイント : 技術革新とデジタル技術の浸透によって、デジタル技術をとりまく構造が人間の思考や活動を可視化する動きが加速している。 このような可視性(Visibility)は、あらゆることが他者から見られることを当然とすることで、やがて組織や人間の行動を支配するようになる。可視性は、組織に関する理論をどう変化させるのか。大きく二つの側面で変化が考えられる。 第一に、可視性の高まりは対象となる研究関心を拡張する。デジタル技術をとりまく構造を説明するための、新しい理論的概念が作られ整理されていく。 第二に、可視性は「可視性のマネジメント」という新しい重要なムーブメントに関する理解を深めていく。 データを通じて現象を理解する前提が浸透すると、社会的に受け入れられる「現実」の意味が変わってくる。それは、自分が目で見て体験して理解することではなく、周囲がデジタル技術をとりまく構造を通じて認識し評価するものとなる。 このようなデジタル技術をとりまく構造は、現実を反映するものと言うより、現実を反射して別な角度に置き換えるものである。 そのため、「組織」やそこでの生活は、個人的な体験や直接目にするものからどんどん乖離し、それらをデータとしてデジタル技術上に反映された構成物にシフトしていく。 これにどのように対処するのか、社会レベルでの技術の使い方への規制も含め、対策を取ることが重要となっている。 コメント : 非常に抽象的な論考です。要求される前提知識が少し多いので、読み手としてはポイントを絞って理解するのが良いかと思いました。重要なのは、「可視性のマネジメント」とされるように、もろもろ見られること...

デジタル時代の新しいプロフェッショナルとは

専門職とAIやデジタル技術との関係について、昨年末から重要な論文が立て続けに出版されています。今回は、その一つである北欧の弁護士の新しい姿を描いた研究をサマリーします。 Kronblad, C., & Jensen, S., H. (2023) ‘Being a professional is not the same as acting professionally’—How digital technologies have empowered the creation and enactment of a new professional role identity. Journal of Professions and Organization. 要するにこの論文は : 北欧で登場したデジタル技術をフル活用する新種の法律事務所群を題材に、法律プロフェッショナルとしての役割アイデンティティがどう変わったかを探索した定性研究論文。 ポイント : 弁護士業はデジタル技術の浸透を受けて大きく変化している。特に、近年はリーガルテックを活用した新しい種類の法律事務所が登場している。こうした弁護士は北欧や英国などで規制緩和の結果生まれたもので、法務サービスにデジタル技術を大胆に取り入れて価格破壊やビジネスモデル革新を起こし、営利型の法人特性を兼ね備え、またスタートアップ企業のような特性を兼ね備えている。 デジタル技術の活用は、顧客の体験を大きく変える。またそのためのスキルが必要となり、伝統的な法律知識だけでは十分でなくなる。これらは、確立された専門職としての弁護士の権威を損ないかねない。 そのような変化の中で、専門職は新しい種類の法律事務所でどのような仕事をし、自らのアイデンティティをどのように保つのか。本研究は、次のようなデータを収集し分析を行った: 33人のインタビュー(リーガルテック型弁護士事務所の創業者(弁護士)、および少数の非弁護士創業者と幹部層) リーガルテック関連のカンファレンスの観察 新種の法律事務所のオフィス観察 結果として、次のことが明らかになった: デジタル技術の実用は専門職の仕事の仕方を変えるだけでなく、それを通じてリーガルテックという新しい専門職のアイデンティティを別個に構築し、伝統的な専門職制度を揺るがすムーブメントになる 新しいリーガ...

デジタル技術がすべてではない?

昨今は何でもDXで、デジタル化がもてはやされています。しかし、後から出てきたデジタル技術が、古い技術を必ず淘汰するわけではありません。ここでの論文は、そうした技術の「後戻り」現象を取り上げたものです。 Nelson, A., Anthony, C., & Tripsas, M. (2023) “If I could turn back time”: Occupational dynamics, technology trajectories, and the reemergence of the analog music synthesizer. Administrative Science Quarterly, 68: 551-599. 要するにこの論文は : 新しい技術が次々登場し採用されていく中で、昔の技術が再び採用される現象がなぜ起こるのか、シンセサイザーを題材に探索した定性事例研究。 ポイント : 技術は常に新しいものへと進化し、さまざまな職業は次々に新しい技術を採用し続ける、という世界観が広がっている。 しかし、ある職業で古い技術が見直され、再び脚光を浴び普及することもある。このような現象はなぜ、どのように起こるのか。そして、職業と技術の関係を、一方向の進化という単純な世界観を超えて説明できるメカニズムとは何か。 本研究では、音楽家が使うシンセサイザーを事例として、このような現象のメカニズムを探索した。 シンセサイザーは1960~70年代の登場当初はアナログ的な操作だったが、1980年代からデジタル化による半自動化が進み、その後2000年代から再びアナログ回帰していった 過去40年分の専門誌(ミュージシャンインタビュー記事、商品広告)、過去50年分の商品カタログスペック、過去50年分のメーカー情報、業界カンファレンス5回の観察、インタビュー9件から定性的分析を行った 結果として、次のような発見があった: シンセサイザーは1960年代から登場し、ミュージシャンがアナログ的に入力を独自に工夫することでさまざまな音楽表現を可能にするものとして、普及した。 1980年代から本格的に登場したデジタルシンセサイザーは、ミュージシャンの目的である独自の創造的表現をさらに助けるものとして、どのようにサウンドが出来るのかが人間には分からないブラックボックスだったに...

監査に先端的技術を使う

さまざまな専門職の仕事にAIが適用され、その帰結や進み方を探索する研究は広く行われています。代表例として、弁護士や会計士の仕事があり、狭義の経営学だけでなく、法学や会計学で話題となることが増えています。ここでは、そうした会計学の論文の一つを取り上げます。 Kreiger, F., Drews, P., & Velte, P. (2021). Explaining the (non-) adoption of advanced data analytics in auditing: A process theory. International Journal of Accounting Information Systems, 41. Article 100511 要するにこの論文は : 監査法人が監査に先進的分析技術を導入する要因とプロセスを検証した事例研究論文。 ポイント : 昨今のAIやRPAなどの先進的分析技術(先端的分析技術、Advanced Data Analytics: ADA)の進化により、会計士などが行う監査業務にも、こうした技術が徐々に活用されるようになっている。 これまでの会計学研究では、主に次の点に関する研究が発展してきた: ADAの監査適用に関する研究における、監査にADAの適用を促進する要因や、適用後の帰結の検証 会計監査への技術導入全般に関する研究における、さまざまな変数間の関係の理論化 しかし、これにはそれぞれ次のような問題がある: 適用自体がどのように進むのか、その過程が無視されてきた 変数間の相関性に加えて、理論のもう一つの主要な形態である、プロセス(適用の意思決定やその後の進捗が具体的にどのような手順で進むのか)についての理論化が行われていない そこで、本研究はグラウンデッドセオリーの手法を用いて、ADAの監査適用のプロセスを深く探索した 監査法人(大手・中堅)・規制当局・ソフトウェアベンダー・内部監査サービス企業・会計士団体の計16名に対するインタビュー(ドイツ14、米国1、中国1) 結果として、次の発見があった: ADA適用を促進する要因として、次のものが特定された 内部要因(監査者の技術への受容性・技術に関する組織能力・組織の特性・組織の戦略的優先順位) 外的要因(技術要因(技術の特性)、環境要因(適用対象である監...