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AIは専門職に取って代われない。その3つの理由とは?

専門職とAIをめぐる研究は、近年一つのホットスポットになっています。ただ、専門職や職業といっても幅が広いので、なかなか一概に結論が出る問題でなく、これまでの研究は多くが特定の専門職・職業の深く狭い事例研究がほとんどでした。ここで挙げる最新論文は、これらを超えて俯瞰した議論を展開しています。

Pakarinen, P., & Huising, R. (2023). Relational Expertise: What Machines Can’t Know. Journal of Management Studies. 

要するにこの論文は:

専門職を「関係性に基づく専門性(relational expertise)」の観点から再考し、AIが専門職にもたらす影響と限界を整理した理論論文。

ポイント:

  • 近年のAIの台頭は、多くの専門職や職業が機械に代替されるとする予測によって、パニックに似た社会的関心を呼んでいる。
  • それらの代替予測は、専門性が定型的に定義可能で変化しないことを前提にしている。これは、人間の専門性を「固定的な形のある専門性(substantial expertise)」ととらえる価値観である。具体的には、特定の知識・過去の達成や成果・特定の認知的能力などで専門性が測れると考え、それがAIに代替可能かを問題としている。
  • しかし、人間の専門性には、「関係性に基づく専門性(relational expertise)」という側面もある。これは、ある種の知識やスキルを専門性として機能させるために、周囲との関係性の中で適切な調整・折衝を行う作用を指す。
    • 何が正当な専門性かは状況に応じて変わり、また専門家として認められるかどうかは、関係性の中で決まる。
    • だからこそ、それらを踏まえた知識やスキルの発揮こそが、専門性の本質だとする考え方である。
  • 関係性に基づく専門性という視点からは、専門職の仕事をAIが代替できない、AIの3つの限界が明らかになる。
  • 1.専門性の創造における、透明性の問題
    • 専門性は、個人が一人で作る/決めるものではない。クライアントやステークホルダー、社会など幅広い関係性と相互作用の中で形成されていく。例えば、自閉症は特定の医師が専門知識を使って病気として発見したものではなく、それまで病気とはされていなかった隠れた症例を、長い時間をかけて社会的議論を通じて病状として認定し対処に関する方針を形成していったものである。
    • AIを専門職に導入する場合、そうした社会的関係性やその中での考慮要素は多くがデータ化されないため、関係性から生まれる要素が強い専門的知識はAIが模倣できない。つまり、AIから見たブラックボックスが、関係性に基づく専門性には存在する。
  • 2.専門性の適用における、文脈の問題
    • ある専門性のプロトコルが創造されたとして、専門性を発揮するためには、これを他の分野に幅広く適用する必要がある。
    • AIを専門職に導入する場合、事例ごとに背景文脈が異なり、またクライアントごとに嗜好が違う。そのため、これらの個別要因を関係性の中から理解して組み合わせることで、文脈に最適なサービスが提供される。しかしAIにはこの個別文脈を汎用的にかつ瞬時に理解する能力が無いため、一般的には正しいが個別には最適でない回答を提供してしまう。医療画像診断などで、このパターンが顕著に表れる。
  • 3.専門性の社会的認知における、説明責任の問題
    • 専門性はただ知識があれば自動的に生まれるものではなく、教育・資格・法規制などを通じて社会的に正当性を確立していくものである。クライアントや社会が認知しなければ、専門性は専門性と認められない。
    • AIを専門職に導入する場合、AIを使って出した結論について、それを使った専門職自らが説明責任を持たなければならない。AIを使って自動的に結論が出せるとしても、何か支障があった際の責任が問われるとすれば、安易な自動化はできない。技術的に極端な自動化が可能であっても、説明すべき/説明が可能な範囲がどこまでなのか、の考慮がブレーキをかける。

コメント:

これまでに出たAIと組織論の論文はまだ限定的で、エスノグラフィーなどによる先端的な事例研究が多少出てきた程度です。この論文は、それらを効果的に例として使い、事例が暗に示す法則性を簡潔かつ説得力ある形で導き出した、刺激的な理論論文になっています。この視点を軸に、次の研究が蓄積していくことが予想できます。

率直に言うと、後半で示唆を論じている部分などは、根拠となる先行研究が無く、ややエッセイに近い、私見が強く出すぎている感もあります。実際、好きに書いてよいのであれば、こういうテーマは誰でもある程度面白く書けると思います。研究論文とは、制約をつけた中でどう面白いことが言えるかを競うゲームだと思うので、その点ではやや難も感じます。ただ、そうした論文をあえて採択し世界に発信した点は、厳格さよりも創造的で発展性のある議論を優先した、このトップジャーナル(のエディター)の意思を感じます。

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