アメリカ経営学会(AOM)の学術論文誌であるAcademy of Management Discoveries(AMD)誌で、昨年12月に「AIを研究すべき」とするコメンタリーが出ました。AMDは、従来型の論文誌でなく、萌芽的な定性研究を発信し経営研究を刺激する特殊な論文誌です。とはいえ、発行母体が世界の経営学の中心であり、そこがAIを正面から対象と認めたことは、一定のインパクトがあったと思います。
コメンタリーでは、意思決定論の視点を軸にAIの組織実装の重要論点を抽出しています。
ここでは、それをサマリーすると共に、一部に私見を入れて整理してみます。
まず、実装の流れには3つの段階がある、とAMDのコメンタリーは整理します。第一に、Task input (入力変数としてのデータ)。テキスト・画像・生態情報など、どのようなデータをどのように取得するか。第二に、task processes (アルゴリズム)。入力データをどういう手法で機械が処理するか。そして第三に、task outputs (solutions, decisions)。機械が出した分析解に対して組織がどう反応するか、です。このうち前二者は、主にコンピュータサイエンスなどの分野が扱うもの。経営学では最後の点(組織反応)が重要と指摘しています。
AIが出す分析解に対して組織がどう反応するか。コメンタリーは、論点を二つの視点で整理しています。一つには、個々の意思決定にAIをどう使うか。そしてもう一つには、個別の意思決定を越えて問題解決にAIがどう寄与するか。率直に言って原文は二者で論理的重複があると思われ、ここでは分かりやすくするため、これを再編した三点に整理しています。
1.意思決定にAIをどう使うか
意思決定にAIを使う際、避けて通れないのがAIへの権限委譲の問題です。これは、20世紀からカーネギー学派で議論されてきた本流に近い議論。AIが解を出したとき、それをそのまま意思決定に使うなら、実質的にAIに決定権を委ねることになります。しかし、どうでもよいことを自動決定するだけなら便利で良いですが、「AIが決めたから」ではとても納得できない、深刻な結果を招く領域もあるでしょう。例えば、コスト削減のために、AIが人員整理を決めてよいのでしょうか。人員整理の対象者を、AIが決めてよいのでしょうか。従業員の評価を、ブラックボックスのAIが決めてよいのでしょうか。組織にも、自動運転車のトロッコ問題と同じ問題が発生するかも知れません。研究としては、具体的には次のような論点があります。
1-1.どのような意思決定なら?
どのような意思決定領域なら、AIに任せてしまって良いのでしょうか。どのようなことは、あくまで人間が判断すべきなのでしょうか。それをどのような基準で人は判断するのでしょうか(あるいは、すれば良いのでしょうか)。
おそらく一つの基準は、その意思決定が倫理的問題とどの程度関係するかどうか、でしょう。しかし何が「倫理的な問題」で、何が人間の決めるべき領域なのかは、簡単なようで定義が難しい所もあります。おそらく、時代や国によってその範囲は変わるでしょう。様々な人種民族の文化を横断して、人間には神聖で侵すべきでない存在を置くメカニズム(タブー)が普遍的に見られるといいます。説明できない存在は、神聖な存在であると共に忌避すべき穢れでもある(Douglas, 1966)。AIがそれぞれの国や企業風土の中でどのように位置づけられ、どこまで文化的・心理的に受容されるかは、未検証の問題です。実務的にも、そこまで深い議論に入っている企業は少ないと思います。例えば、長い歴史と伝統を持つ商品分野のメーカーで、製造工程へのAI導入を忌み嫌う反応を見たことがあります。これは、単なる古い抵抗勢力とも見なせますが、一方で歴史と伝統を差別化要素にする商品が、AIを導入すれば「誰でも作れるもの」へと自ら価値を毀損してしまう、それを避けた経営判断とも言えます。いずれにせよ、組織がAIを許容できる領域/許容すべきでない領域を明確に持つことは、急務になっていると思います。
さらに、情緒的な問題だけでなく、意思決定をAIに任せた結果、組織のパフォーマンスがどう上がるかも比較考量して考える必要があります。そもそもAIを実装して、目的であるパフォーマンスが上がる領域とは、どのような領域なのか。どのような性質の問題であれば、AIと人間の役割分担がスムーズに設計出来るのか。派生的には、どういう条件を用意すれば、AIの意思決定への導入が促進されるのか。このあたりのポイントを生産性や価値創造の観点で検証する必要があります。これは、ビジネスの各現場で進んでいる、AI実装の適否を判断するための業務の棚卸しと仕分けに近い話でしょう。例えば専門職の世界でも、公認会計士が行う外部監査は、そのタスクを332種類に分解し、各タスクを構造化度合いで三段階に評価してAIの導入可能領域を特定する、などの議論が古くからあります(Abdolmohhammadi, 1999)。
1-2.意思決定をどのように?
AIを意思決定に使うと言っても、完全に任せるか・全く任せないかの、ゼロかイチかではありません。従来の専門システムと同様、AIの分析結果を提案として参考にし、人間が意思決定する形も当然あります。このような段階的なAIの使い方がある中で、どこまでそのままAIの解を意思決定に使うかは個別タスク毎に設計する必要があります。研究としては、どのような領域の意思決定に、どのようなAIの使い方(自動決定・参照使用・不使用など)が適合するかを検証するニーズがあります。実務的にも、RPAレベルであれば自動化が多いので別ですが、現状の機械学習などの分析結果の使い方は、参照して人間が判断する形が最も多い印象があります。それでも従来は一人では出来なかった素案が素早く出てくるので、優先順位をつけて大事なことに取り組みやすい効果はあるかもしれません。
2.権限委譲に伴うリスクにどう対応するか
AIに権限委譲を進めた結果、組織に致命的な失敗が起こることもあり得ます。例えば、トレーディングのアルゴリズムはコストと意思決定の時間を大幅に削減するもの、誤判断で一瞬にして投資会社を吹き飛ばす損失を出してしまうかもしれない。医療AIアシスタントが、未検知のデータの問題で誤診をしてしまい、患者の命を危うくするかもしれない。ここで重要な問いは、AIに権限委譲することが、何を引き起こし得るかを考えること。そして、人間がどのように責任を取り得るか、それをどのように説明し得るかを考えることです。「意思決定のパラドックス」などは、こうした問題に関して登場している、組織が抱える新時代の難しさです。
3.AI実装で組織デザインはどう変わるか
最後の大きな論点は、AI実装が進んだ結果、組織レベルで組織デザインがどう変わるかです。現在の組織(目的を共有した二人以上の構成員の協力体)は、指揮命令系統が有り、機能毎に分化し、情報を一定の手法で共有する、固定構造を持つのが多数派です。しかし、AI実装と権限委譲は、こうした構造や組織内情報流通のあり方を根本的に変えるのではないか。新たな組織デザインが登場するとしたら、そこでは構成員はAIとどのように接し、どのように情報を共有するのか。このような文脈の中で、最近では階層制や固定性を前提としない、新しい組織形態(ティール型組織、ホラクラシー、その他諸々・・・)の萌芽を目にすることが増えているかと思います。AIとこれらは相性が良いでしょうし、また組織の固定性が解体されれば、人はほとんどがプロジェクト型雇用で一億総経営者(個人事業主)、という時代になるかも知れません。このあたりは、実証研究としてはまだ例外である先端事象を探索する段階かと思います。
付随して、研究としては、どのような条件ならデータが自動的に形成され、どのような業務プロセスでそれが実現されるのか、というオペレーション寄りの関心もあります。AI実装が進むと共に、人間と機械の共存を前提とした、新時代の組織の権限構造が台頭する。そのような期待は徐々に高まっていると思いますが、個々の事例はともかく、まだ決定打が何なのかやそれを駆動するメカニズムが明確に捉えられていない。ここが、組織デザイン系の視点について経営研究が果たし得る貢献領域になるかもしれません。
コメンタリーでは、意思決定論の視点を軸にAIの組織実装の重要論点を抽出しています。
ここでは、それをサマリーすると共に、一部に私見を入れて整理してみます。
まず、実装の流れには3つの段階がある、とAMDのコメンタリーは整理します。第一に、Task input (入力変数としてのデータ)。テキスト・画像・生態情報など、どのようなデータをどのように取得するか。第二に、task processes (アルゴリズム)。入力データをどういう手法で機械が処理するか。そして第三に、task outputs (solutions, decisions)。機械が出した分析解に対して組織がどう反応するか、です。このうち前二者は、主にコンピュータサイエンスなどの分野が扱うもの。経営学では最後の点(組織反応)が重要と指摘しています。
AIが出す分析解に対して組織がどう反応するか。コメンタリーは、論点を二つの視点で整理しています。一つには、個々の意思決定にAIをどう使うか。そしてもう一つには、個別の意思決定を越えて問題解決にAIがどう寄与するか。率直に言って原文は二者で論理的重複があると思われ、ここでは分かりやすくするため、これを再編した三点に整理しています。
1.意思決定にAIをどう使うか
意思決定にAIを使う際、避けて通れないのがAIへの権限委譲の問題です。これは、20世紀からカーネギー学派で議論されてきた本流に近い議論。AIが解を出したとき、それをそのまま意思決定に使うなら、実質的にAIに決定権を委ねることになります。しかし、どうでもよいことを自動決定するだけなら便利で良いですが、「AIが決めたから」ではとても納得できない、深刻な結果を招く領域もあるでしょう。例えば、コスト削減のために、AIが人員整理を決めてよいのでしょうか。人員整理の対象者を、AIが決めてよいのでしょうか。従業員の評価を、ブラックボックスのAIが決めてよいのでしょうか。組織にも、自動運転車のトロッコ問題と同じ問題が発生するかも知れません。研究としては、具体的には次のような論点があります。
1-1.どのような意思決定なら?
どのような意思決定領域なら、AIに任せてしまって良いのでしょうか。どのようなことは、あくまで人間が判断すべきなのでしょうか。それをどのような基準で人は判断するのでしょうか(あるいは、すれば良いのでしょうか)。
おそらく一つの基準は、その意思決定が倫理的問題とどの程度関係するかどうか、でしょう。しかし何が「倫理的な問題」で、何が人間の決めるべき領域なのかは、簡単なようで定義が難しい所もあります。おそらく、時代や国によってその範囲は変わるでしょう。様々な人種民族の文化を横断して、人間には神聖で侵すべきでない存在を置くメカニズム(タブー)が普遍的に見られるといいます。説明できない存在は、神聖な存在であると共に忌避すべき穢れでもある(Douglas, 1966)。AIがそれぞれの国や企業風土の中でどのように位置づけられ、どこまで文化的・心理的に受容されるかは、未検証の問題です。実務的にも、そこまで深い議論に入っている企業は少ないと思います。例えば、長い歴史と伝統を持つ商品分野のメーカーで、製造工程へのAI導入を忌み嫌う反応を見たことがあります。これは、単なる古い抵抗勢力とも見なせますが、一方で歴史と伝統を差別化要素にする商品が、AIを導入すれば「誰でも作れるもの」へと自ら価値を毀損してしまう、それを避けた経営判断とも言えます。いずれにせよ、組織がAIを許容できる領域/許容すべきでない領域を明確に持つことは、急務になっていると思います。
さらに、情緒的な問題だけでなく、意思決定をAIに任せた結果、組織のパフォーマンスがどう上がるかも比較考量して考える必要があります。そもそもAIを実装して、目的であるパフォーマンスが上がる領域とは、どのような領域なのか。どのような性質の問題であれば、AIと人間の役割分担がスムーズに設計出来るのか。派生的には、どういう条件を用意すれば、AIの意思決定への導入が促進されるのか。このあたりのポイントを生産性や価値創造の観点で検証する必要があります。これは、ビジネスの各現場で進んでいる、AI実装の適否を判断するための業務の棚卸しと仕分けに近い話でしょう。例えば専門職の世界でも、公認会計士が行う外部監査は、そのタスクを332種類に分解し、各タスクを構造化度合いで三段階に評価してAIの導入可能領域を特定する、などの議論が古くからあります(Abdolmohhammadi, 1999)。
1-2.意思決定をどのように?
AIを意思決定に使うと言っても、完全に任せるか・全く任せないかの、ゼロかイチかではありません。従来の専門システムと同様、AIの分析結果を提案として参考にし、人間が意思決定する形も当然あります。このような段階的なAIの使い方がある中で、どこまでそのままAIの解を意思決定に使うかは個別タスク毎に設計する必要があります。研究としては、どのような領域の意思決定に、どのようなAIの使い方(自動決定・参照使用・不使用など)が適合するかを検証するニーズがあります。実務的にも、RPAレベルであれば自動化が多いので別ですが、現状の機械学習などの分析結果の使い方は、参照して人間が判断する形が最も多い印象があります。それでも従来は一人では出来なかった素案が素早く出てくるので、優先順位をつけて大事なことに取り組みやすい効果はあるかもしれません。
2.権限委譲に伴うリスクにどう対応するか
AIに権限委譲を進めた結果、組織に致命的な失敗が起こることもあり得ます。例えば、トレーディングのアルゴリズムはコストと意思決定の時間を大幅に削減するもの、誤判断で一瞬にして投資会社を吹き飛ばす損失を出してしまうかもしれない。医療AIアシスタントが、未検知のデータの問題で誤診をしてしまい、患者の命を危うくするかもしれない。ここで重要な問いは、AIに権限委譲することが、何を引き起こし得るかを考えること。そして、人間がどのように責任を取り得るか、それをどのように説明し得るかを考えることです。「意思決定のパラドックス」などは、こうした問題に関して登場している、組織が抱える新時代の難しさです。
3.AI実装で組織デザインはどう変わるか
最後の大きな論点は、AI実装が進んだ結果、組織レベルで組織デザインがどう変わるかです。現在の組織(目的を共有した二人以上の構成員の協力体)は、指揮命令系統が有り、機能毎に分化し、情報を一定の手法で共有する、固定構造を持つのが多数派です。しかし、AI実装と権限委譲は、こうした構造や組織内情報流通のあり方を根本的に変えるのではないか。新たな組織デザインが登場するとしたら、そこでは構成員はAIとどのように接し、どのように情報を共有するのか。このような文脈の中で、最近では階層制や固定性を前提としない、新しい組織形態(ティール型組織、ホラクラシー、その他諸々・・・)の萌芽を目にすることが増えているかと思います。AIとこれらは相性が良いでしょうし、また組織の固定性が解体されれば、人はほとんどがプロジェクト型雇用で一億総経営者(個人事業主)、という時代になるかも知れません。このあたりは、実証研究としてはまだ例外である先端事象を探索する段階かと思います。
付随して、研究としては、どのような条件ならデータが自動的に形成され、どのような業務プロセスでそれが実現されるのか、というオペレーション寄りの関心もあります。AI実装が進むと共に、人間と機械の共存を前提とした、新時代の組織の権限構造が台頭する。そのような期待は徐々に高まっていると思いますが、個々の事例はともかく、まだ決定打が何なのかやそれを駆動するメカニズムが明確に捉えられていない。ここが、組織デザイン系の視点について経営研究が果たし得る貢献領域になるかもしれません。
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