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デジタルな世界観が投げかける問い


ロンドン南郊のサリー大学(英国)で、Big Data Conferenceが今日から始まりました。参加者400名弱。AOM(米国経営学会)の年次学会と比べるかなり小さいですが、一つのテーマ軸に絞る会議としてはそこそこかと思います。サリー大学は日本ではあまり知られていませんが、英国では評価の高い総合大学で、Surrey Business Schoolというビジネススクールがあります。

大学はGuildfordという町の脇の大きな丘の上にあり、丘が丸ごと大学のキャンパスになっています。キャンパスからは町と平野が一望に見渡せ、草地が広がり大変環境の良い大学です。とても静かで空気も良く、こうした場では研究がはかどりそうですね。

Big Data Conferenceは、博士課程の学生向けセッションから始まりました。一応教員ですが、誰も気にしないので入って一緒に話を聞きます。まずはPhD向けということで、研究としてのデジタル論の扱い方から双方向のセッションがありました。内容的には、まずどういう関心でこの会議が開催されたか、次のような主な論点が示されました。

1.そもそもBig Dataとは何なのか?
2.こうした技術革新は、経営研究にとってどういう意味があるのか?
3.デジタル化が成功するためには何が必要か?
4.デジタル化を研究で扱う際に、文脈要因をどう考えるか?

それぞれ補足すると、以下のような感じでしょうか。

1.そもそもBig Dataとは何なのか?
冒頭のプレゼンテーションによると、AOMのこの会議の基本的なトーンは、
・例えば産業革命は経済・社会・組織のあり方を大きく変えた
・同様に、現在は情報関連技術の飛躍的発展で組織の大変化が進行中である(少なくともその可能性が十分に高い)
・それらを分かりやすく“Big Data”と称して、分野横断で正面から考える機会を作っていく
・FacebookやGoogleでさえ、この行く末やそこにある法則性をとらえているわけではない。これに誰かが取り組むべきなのなら、経営学者は立ち上がるべきであり、我々は仲間を募りたい
という感じです。

ただ、当然「結局Big Dataの厳密な定義は何か決めないと」とか「ただの一過性のブームではないか」というトーンの反応も多少ありました。これらも一理あるのですが、それに対して、この取組自体がまだ固まっていない中で「とにかく一回やらなければ」という空気の産物と感じました。ただ、各分野の本当の大物が全部そろって出席する状態ではいまだなく、IT系の研究者に閉じたコミュニケーションをようやく脱する、という段階に感じます。

2.経営研究にとっての意味
ここは、新規性と対象の軸で議論がありました。
「新規性」とは、Big Dataだからといって、経営学がどの位新しくなるのか。一つが、今ある理論で経営の現象を説明する際に、前提が変わるので説明が変わるという場合。もう一つが、そもそもそういう範疇に入らない、新しい理論分野が出てくる可能性。学生向けでもあり後者を目指したいですね、という話でしたが、学術研究の現実としてはそうはいかず、(このカンファレンスでの発表論文も含め)前者が主流です。

初めから新しい理論分野を狙うと、論理が飛び見落とすことが多すぎる。だからこそ、まずは既存理論で漸進的に修正を図りつつ、それでも解消しない部分が新しい理論領域になる。基本動作ですが、そうしたスタンスは貫く意味があると思います。気になっているのは、AIの導入等で研究手法が大きく変わると、そういう基本スタンス自体が変わるのか?という点ですが。。。

「対象」とは、デジタル化自体を理論化したいのか、デジタル化する世界を背景文脈として、そこで別の現象を説明したいのかを弁別すること。私は後者ですが、IT系の研究者以外は後者が多いように思います。

3.デジタル化の成功要件
デジタル化で組織が成功するために何が必要か?
まずは、目的を明確にする、KPIを明確にする、顧客満足に徹底フォーカスする、等の話が挙げられました。実務的にも、まあそうした話だと思います。

一つ大変面白かったのが、参加者のある心理学者のコメントでした。かなり補足して言えば、
・そもそも企業が成功要件を満たして成功しているつもりであること自体が陳腐化している
・むしろ、データを使って成功しているつもりが我々はデータに支配されつつある(”Data controls our action”)
・データを使った機械が、人の認識よりも正確に・先行して人の心理や行動を解析する時代に入っている
・例えば、「85%の確率でこの人は1年以内に殺人事件を犯す」と予見したら、どう対応すべきなのか?映画マイノリティレポートの世界はそこまで来ている
・また実際に、人はデータとそれによる評価を意識し、それを最適化するよう意識して行動を変えるように影響を受け始めているのではないか
という感じです。

最後の点について、別の海外学会の査読で、まさにそうした事例を詳細に検討した論文をつい先頃読んだばかりだったので、非常に納得感がありました。これについてはまた別の機会にも考えてみたいと思います。

4.文脈要因
2点目の「対象」の議論とかぶりますが、Digital as contextなのか、Digital as subjectなのかを弁別すべきとする議論。特にDigital as contextのスタンスで検討する場合、理論がどういう前提条件なら当てはまるかを明確にすることが重要だ、と。

カンファレンスは続きます。

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