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法学者のAI論を経営学(社会学寄り)の耳で聞く


第32回AI社会論研究会が、昨日本郷三丁目にあるドワンゴ社で開催されました。これは、慶應義塾大学SFC研究所のAI社会共創・ラボが関与し、AIに関する様々な識者スピーカーを呼んで講演と対話を行う月次定例会です。特徴は、HELPS(H: 哲学、E: 経済学、L: 法学、P: 政治、S: 社会、(+もちろん技術))という領域横断で検討する、ゲストスピーカーの多様性です。これを聞けば「明日からビジネスに使える」という即効性はないですが、「AIを考えるには社会的視点が重要だ」とよく言われる際に、「社会的」とはどういうことかについては、アンテナが広がる会だと思います。

今回は、法学の観点で、お二人のスピーカー。最初は、中央大学総合政策学部の平野教授によるロボット法についての話でした。平野教授は「ロボット法」という書籍を昨年出版されています。
http://www.koubundou.co.jp/book/b324653.html
ロボット法というのは便宜的な名で、AI等の技術革新に伴う新たな法律問題に対して、どう対応していくかの枠組みを考える試みのようです。いくつか、講演のポイント(細かい点は割愛し、興味を持った部分)と経営学から見た雑感を書いてみたいと思います。

・AI時代の「予防的対応」の重要性
ポイント:AIが社会に浸透して新しい問題が出てから対応を考えるのでは、法律の場合、遅い。むしろ、予防的対応をどこまで出来るかが重要(医療で予防が治療と同じか以上に大切なのと同じ)。だからこそ重要な論点について国民的議論を喚起しようとしている。

感想:法学などと比べて経営学では、破壊的技術への予防的対応の議論がそれほど無い気がします。一応、先日のAOM Big Data Conferenceなどは、そうした予防論の始まりかもしれません。ただ、全体ではそこに熱意がある状態とはほど遠い感じがします。Big Dataカンファレンス内でも、社会的視点は経営研究者によりバラツキがあると感じました。「事例がもっと出てきたら、後で(伝統的な方法で)何か研究しよう」という引いたスタンスの人もまた多数。またそもそもそういうテーマのカンファレンスに来た人自体が、AOM全体では少数派です。経営学のマジョリティは、「破壊的技術はあくまで観察対象の企業社会を変える動きであり、観察者たる自分たちは変革の範囲外だ」と考えているのかも知れません。

・アナロジーの重要性
ポイント:法律の場合、訴訟が起こってから、前例がない中で裁判官が過去の類似事例に無理にあてはめて判決を出すしかない。その際重要になるのは、既存法や判例のアナロジー(類推)を使って、参照できる事例を定め、その論理を援用することである。従って、AI時代にアナロジーは有用である。

感想:経営学では、アナロジーは有効か? もちろん、過去の理論を適用して今起きているAI関連の現象を説明する際には、そしてそれが出来れば、有効だと思います。しかしそれだと、発見したことが過去の理論に回収され、理論的貢献(新しい説明の可能性を示す)は難しくなります。

なので、何か新しい原理がないか探す必要があるのですが、その場合、人はどうしても先行研究に外在的な課題に集中してしまいやすいもの。例えば、「Xという条件を満たせばYになる」いう理論が既にある際に、それがこれまでテストされていない(AIの台頭のような)文脈の中でもあてはまるか、検証することでその適用範囲の確認に貢献する、というような。これだと、確かに未踏の領域を新しく照らすのですが、過去の研究が見ていない領域自体は無数にあり、その全てを検証する必要も意味も無い。単にギャップ(先行研究の空白)があること自体は、その領域を深める必要がある理由にはなりません。

そのためこれとは異なり、過去の理論に内在的な課題、つまり過去理論が内に抱える矛盾や、それ故に説明できない謎を指摘し、それを解明するような説明が出せれば理想的です。例えば、「XならYになるという理論があるが、Xだと論理的にZも満たすことになり、そしてZならばYにならないという別の理論がある。この矛盾をどう解消できるのか」というような。言い換えれば、高いレベルを目指すには、単なる別文脈への類推と当てはめではないものを目指す必要があります。しかし「AI」のような文脈縛りで事例研究などをする際は、文脈自体の斬新さ(外在的なギャップ)で勝負する誘惑に駆られるのが難しいところです。

・SFの意味
ポイント:講演者は、例として「2001年宇宙の旅」、「ブレードランナー」、「ターミネーター」など、多数の著名SFをアナロジーの例を使って説明されていた。SFはその技術的実現性は別として、人間がどのような問題を技術に見いだすかをうまく照らし出す。AIに関するアナロジーにSFは有用である。

感想:この点は非常に同意します。例えば、古今東西のSF(小説や映画)を全部データとしてインプットし、そこで描かれるAIの姿を分析してみると、相当な示唆があると思います。人間や社会がAIをどう想像してきたか、悲観的な物から楽観的な物まで人間とAIの未来をシナリオとして幅出しすると共に、その想像にどのような変数(時代や国といった環境要因)が影響を与えてきたか、技術イメージの社会的構成を分析することが出来るかもしれません。ついでにそれをテキストマイニングと機械学習で行うような研究があれば、さらに面白いでしょう。

また二つ目の講演は、産総研の赤坂亮太氏による、ロボット法に関する講義でした。法律論での具体的な論点が多く、次回以降の研究会もまたこのようなテーマが続くそうなので詳細は割愛しますが、一点面白かったのが、AI・ロボットは法人になれるのか、という論点です。AIやロボットに法人格を持たせることが必要ではないか、という議論が海外では既に出てきているということ。私の専門に近いのは社会学系の経営学で、社会学も「人間と人間の間で社会秩序はいかに可能か」というキークエスチョンをずっと追ってきたわけですが、これが「人間と人間」ではなく、「人間とAI」や「AIとAI」の間の社会秩序を検討する必要が出てくる可能性があります。

今回も色々と考えさせられた研究会でした。

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